ラベンダさんへ・・・右往左往する民衆は自分自身です

いつもこのブログにコメントを下さるラベンダさんの口調がいつも何かに憤っているので、まあまあと宥める感じになるのですが、あなたの怒りの根底にあるグローバリズムには共感しています。

人間はその日の自分自身の衣食住に困りながらも、どこか遠くで起きている出来事に心奪われ、心配し悲しみまた憤ることができます。
それが「社会性」なのかはたまたグローバリズムの感情なのか僕にはよく分かりません。

ただ、僕自身を考えても、どこか遠くの場所で生まれ育っても力なき民の一員であることは間違いない訳で、ニュースで映り出される逃げ惑いうなだれる民の姿は自分自身だなといつも感じます。

世界中のどこにもドラえもんに出て来るのび太君はいる訳で、困難な状況下、ドラえもんがなにか解決のための道具を素早くだしてくれないものかとないものねだりをしています。
でも、周りを見渡しても問題解決の道具を素早く出してくれるドラえもんはいない訳で、ただただそこにはのび太君がいるだけなのです。

ドラえもんなきのび太君だけの世界が現実です。

そういう僕は20世紀の日本に生まれたので、ネットのブログで好き勝手に書いている「自由」を享受しているのです。

ラベンダさんがおいくつなのかは想像も出来ませんが、ニュースで報道された日本赤軍や連合赤軍は世代的には僕より少し年上ですが時代として同時代の話です。

日本赤軍が北朝鮮に行ったのもよく分かりませんが、テルアビブ空港で銃を乱射した事件は衝撃的でした。おそらく彼ら日本赤軍メンバーが持つグローバリズムの体現だったのでしょう。

それに比べると連合赤軍が浅間山荘に立て籠もった事件は変に安心できる場面として記憶しています。
何故なら、彼ら連合赤軍は、銃を持って立て籠もっている姿を日本中に見せることで充分効果をあげたと思っているので、それ以上のものは起きないだろうと思ったからです。

ところが事件後に分かった仲間同士による「総括」には心打ちひしがれるものがありました。

現実社会を変革するために自分たち自身も変わらなければならないという構図は理解しやすいのですが、現実社会に惑わされない純粋な思想・意識をつくりだすと言う作業はまるで昔の修行僧のようなもので、それが自分の内面だけに向かうなら害もすくないのでしょうが、組織・仲間と一緒にとなると、あいつはこんなところが駄目だ、いやこいつの方がとかと、心理セミナーにある自己研鑽プログラムのようでお互いの指摘は留まることを知りません。

まあそんなことを考えざるを得ない時代を過ごしてきたので、自分の弱さと付き合うことができるようになりました。

シニアになったのび太君が僕自身でしょうか。

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