どうのように生きていくのかは個人の自由です

新型コロナウイルスの感染拡大で僕が感じるのは、政治がすべきことと倫理・道徳を取り違えていないのかということです。

自分が感染しているかも知れないという自覚をもって行動しないとダメだ。
これは個人レベルではまっとうな意見だし、考え方だ。

だが、政治を執行する側の人間が、それを言い出したりしたら、それじゃお前の側の責任はどこにあるんだと反論したくなります。

少し整理をしてみましょう。
最初、37.5℃以上の熱がでても、自宅で4日間様子をみてから、「帰国者・接触者外来に電話をして、保健所の指示に従って下さい」というものでした。

それは、2月の段階では、日本でのPCR検査の能力も低く、病院での対応も準備できていない状況であったため、やむを得ないこととして理解できました。
しかし、自宅待機4日間も、その期間中に死者がでることにより、熱がでたら早期に電話相談をして下さいに変わりました。

僕らが注目したのは、この時期、横浜港に寄港したダイヤモンド・プリンス号での船内感染に対する政府の対応です。
船内に感染者がでたのですから、乗務員・乗客のすべてを検査して、陽性者を隔離すればいいだけのことだと思ったのですが、3000人といわれる乗務員・乗客の検査が行われず、症状が出た人のみ(しかし、船内で発熱をした人もいたのですが、適切な処置は行われなかったと聞きます)検査をしただけでした。

ふり返ってみれば、ここに今日の政府の対応の基本的な考え方が要約されているようです。

船内のいる者を陽性者と陰性者に振り分け、陽性者を隔離すればいいだけのことができなかったのです。3000人の人数でもできなかったことが1400万人、1億2千万人の人間相手にできるでしょうか。

症状がでれば対処すればよい、それ以上は放置する。
まあ、これがGO-TOキャンペーンの基本的な考え方に繋がります。

あとは、「気をつけて下さい」というお題目です。
しまいには、専門家と称する人たちは、「自分が感染しているかもしれない」と考え、行動してくださいというのです。

感染しているかどうか、検査する方が先だろうと言いたいです。

分科会のメンバーの中には、検査は意味がないという主張する方がいます。テレビでそう発言していました。
検査をして陰性と分かっても、その後で感染することがあるのだから、検査は意味がないというのです。

それじゃ、感染症対策ってなんでしょうか。
マスクをし、手洗いをし、うがいをし、三密を避けて、自分は感染しているかも知れないと思い外出をして下さいということでしょうか。

それって、素人の考える感染予防のレベルでしょ。

学問の力はどこに発揮されているの?そう言いたいですね。

今さら、感染症対策を、倫理や道徳の時間のように「気をつけましょう」と上から言われると、シニアじいさんは不良になって、「うるせえ~な、お前らは自分らのなすべき仕事をちゃんとしてからほざけ」とすごんで見たくなります。

シニアじいさん、今は不良度レベル1ですが、このままだとどんどん急上昇していきます。

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