日本の政治ですか・・・しかも慎重にという言葉は

コロナ騒動もいつになったら一段落がつくのかと思っていますが、今の日本の政治はこの騒動を本気で終わらせようと考えているのかとさえ疑ってしまいます。

マスクに、手洗い・咳エチケット、ソーシャルデスタンスなど、今後は「新しい生活スタイル」が必要だと盛んに言われています。

なんか人の生活スタイルにまで口を出されて、あまりいい気持になれません。
大きなお世話だと言いたいですね。

まず、感染症から身を守るために個々人レベルでできること、或いは行うことは、別に社会のためでも医療のためでも、ましてや国のためでもありません。
それはあくまで個人の問題で、自分が感染したくないからです。病気に罹りたくないからです。

私有自楽。
自分の問題、個々人の私的問題を公的問題のように語るのはどうかと思います。

もちろん、公衆衛生学の観点から言えば、社会の中の個々人がマスクをして、手洗い・咳エチケットを守ることが、感染症拡大を防ぐ消極的な参加であることは理解できます。それが医療の崩壊も防ぐことに結びつくという論理も分かります。

ただ、現状でも医療崩壊は別な意味からも起きていると報道されています。

つまり、街のクリニックレベルでは、今の外出自粛に伴い通常の受診数が極端に落ちていると聞きます。大きな病院でも、コロナ感染を恐れて緊急の手術以外は差し控えている現状で、病院経営の面からも厳しい状況です。

つまり、少し具合悪くなったら受診するであろう人たちや慢性の患者さんが、通常の検査も敬遠して病院に行かない状況が続いているので、普段の経費として掛かる医療機器のリースや人件費が大きな負担になっているようです。

これもいわゆる医療崩壊の別な面です。

コロナで行けば医療崩壊、行かずに我慢をしていても医療崩壊。
どうしますか。

マスクをしなさい、手洗いをしなさい、咳エチケットを守りましょうって、テレビをつければ大騒ぎです。
お前は俺の親で俺はお前の子どもかって言ってやりたいですね。

北海道も6月1日から休業の全面解除をするそうですが、鈴木知事が「慎重に」という言葉をつけていました。
政治が、市民の行動に「慎重に」と釘を刺すのはどうなんだろうか。

もし、感染したら、それは市民が「慎重」になっていないからだと言いたいのでしょうか。或いは、営業をしている側に「慎重」さが足りなかったと指摘したいからでしょうか。

正直、これが政治ですかって、聞きたいですね。

せいぜい、公衆衛生学の問題であり、道徳・しつけの問題です。
上記の指示をもって政治をしていますと考えたら、そいつはもうアウトです。

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