アメリカの仏教と民主主義

『アメリカで仏教を学ぶ』室謙二著、平凡社新書刊。

アメリカではじめて仏教に出会った日本人(アメリカの市民権を得ています)の話です。
ですから、英語の仏教経典です。我々のような漢字の経典ではありません。

>1987年4月のある日、43歳のサンフランシスコに住む白人の男が、ジョギングをすませて自分の家に戻ってきた。そこで、若い黒人の男に背中からナイフを突きつけられ、ポケットにあった20ドルのお金を取られた。その地域は治安の悪いところで、数年前に、彼の関係している団体の若い白人の男が、近くで殺されてもいたのだ。

金をとられた白人の男は、家のガレージにしまっておいた弾の入ってピストルをもって、車で黒人を追いかけていった。しかし、低所得者向けアパート付近で見失い、ピストルをもっている男がうろついているという通報で駆け付けた警官に逮捕されてしまった。

治安の悪い地域ではこういうことは日常茶飯時です。
しかし、問題は別にありました。

この白人がサンフランシスコ禅センターの僧院長であったということです。
そして、この問題は新聞にも取り上げられ、禅センター内部で話し合われただけでなく、広くミィーテングが呼びかけられ議論されたのです。

ここには、アメリカの銃社会問題、黒人が住むスラム街の問題、そしてそういう社会の中での仏教の問題があります。

でも、そういうことをちゃんと平場で議論し合える土台がアメリカ人にはあるという事実に感歎します。
これが日本人ならどうだったでしょうか。

確かに謝罪したり、責任をとって辞めたりもすることがあるでしょうが、この事件というも言うべき問題を、役職とか関係なく皆が議論に参加することができたでしょうか。
或いは、皆がこの事件を受けて自分のことのように感じて議論し合えたでしょうか。

民主主義とはなにかと声高に叫ばなければ通用しない日本の社会に一番欠けている部分です。

この「事件」は1987年のことです。
2020年の日本人は、どうしているでしょうか。

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