ご指摘は有難いのですが、吸収も九州もそのままです

わざわざ、誤字を指摘してくれる方がいて、それはそれでブログをきちんと読んでいただいたということで有難いのですが、誤字脱字はほとんどがスル―します。

何故なら、誰もが誤字脱字と指摘できるものならわざわざ直さなくてもいいのです。
「あ~、こいつこんなところで誤字書きやがって」と考えてくれていいわけで、正直ブログを書くときに見直す作業をしていません。基本、「てにをは」を間違えると読んでいても気持ち悪い感じになるのは分かるのですが、それよりも早く書き上げることを優先します。

この誤字脱字は個人的なものではいいのですが、『万葉集』の時代にまでさかのぼるとその後遺症は大変です。
この時代、日本には文字がありませんでしたから、漢字を間借りするしかなかったのです。
所謂、万葉仮名です。

でも、漢字は音の部分と意味の部分があります。
8世紀に作られた『万葉集』も2世紀を経ると、知識人さえ読めないものになっていました。つまり、大和言葉の音に単純にその漢字を当てはめたものなのかが分からなくなったのです。しかも一つの漢字に一つの音が対応しているのなら簡単なのですが、その漢字がいくつかの音を表す場合、どれが対応しているのかが問題になりました。

大和言葉の音を頼りにしても、『万葉集』の編集は大作業です。

それが仏教経典では、インドの古い言葉から漢字に訳されていき、それがそのまま日本に伝わって仏教経典になっています。

>例えば、卒塔婆あるいは塔婆というものがあります。前者はサンスクリット語のストゥーパ、後者はパーリ語のトゥ―パを音写したものです。「塔」も、新たに造られた漢字です。
 ストゥーパは、古代インドでは饅頭のような半球形に土を盛り上げた墓のことです。釈尊滅後、荼毘に付された遺骨を八人の王が持ち帰り、ストゥーパを造って安置した。それが朝鮮半島を経由して日本に伝わり、五重塔、三重塔に姿を変えて現存しているということです。
 しかし、日本ではそのストゥーパを卒塔婆と呼び、墓の脇に立てることを発案し、塔婆供養として奨励するようになったのです。

インドで生まれた仏教が中国・朝鮮と伝わってくる間に、誤訳もありまたそれぞれの思惑もあり、日本仏教として変容していくのです。

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