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zoom RSS 「六十年前の花火」本庄英雄さんのポーポー語を聞いた

<<   作成日時 : 2019/04/24 18:14   >>

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雨宿りは馬小屋だった
花火大会の夜、母の背にいた
ドーン
ドーン
鳴り響く花火
「花火見たら母さんと
 死ぬべし
 どこさもいがね」
たよりなく笑う母
雨は止むことなく降り続き
やがて
花火の音もしなくなった
その夜、母の背で
花火を見ることはついに無かった
暗い馬小屋の庇で
悲嘆に暮れる親子
繋がれた馬
雨と潮騒にまかれ海霧の中に
映像は途切れた
最終バスはとうに発車している
あの時、三歳の弟を置いて
母は、私一人を背負ってきたのか
函館の港まつりと
馬と
花火
船見坂を登りきれず
私と死にきれず
八十六歳まで生きた母
「母さんと死ぬべし
 生まれ変われたら 
 なんぼ良いもんだか」
「ああ タバ風に乗ってなんぼでも生まれ変わってやる」
今もズズーンと 見えない花火
耳の奥のきえかかった間際
それは大輪の花となり 今でも
夜空に 乱れ咲く

僕は、彼の作品を詩の仲間や家族以外ではおそらくよく見ている、読んでいる一人ではないかと自負しています。上記の作品は、彼の詩歴の中ではいわば新しい作品のように思います。
いつ頃作ったのかは分かりませんが、僕が作品として見たのは最近です。

この作品は、彼の作品のど真ん中に位置づけられるもので、いわば彼の詩の原点とでもいうような作品だなと読んだ時思いました。

彼にとっては、修辞の工夫も特別している作品ではなく、淡々と当時の情景を書いています。もちろん、これは書いている事柄が事実そのものなのかは意味を持ちませんし、そのことによって作品の評価が変わるものではありません。

ここに現代詩とは何かという問題が潜んでいます。

現代詩と書いたのは近代詩を区別するために書いたのですが、現代詩が現代詩であるために何が必要なのかと問われたら、3つ必要だと僕は答えます。

1つは公の言葉です。何が正しい、正しくないと言う議論がそこにはあり、同じように何が美しいか美しくないかが常に問われます。でも、公の言葉は聞いていて面白くありません。つまらないものです。

次に必要なのは、公の言葉に対して、内緒の言葉です。ひそひそ話であり、コソコソ話であり、その最たるものが恋人同士の会話です。誰もが他人の内緒話に関心を寄せます。人の噂は密の味です。でも、それはいつしか陳腐なものになり、下卑たものになってしまう危険をもっています。

だから、内緒話の奥深くあるもの、もっと深化させたものが必要になってきます。それは、小川洋子氏の小説「ことり」の主人公の兄が喋るポーポー語です。
誰かに伝えたいという思いとそれは本当に伝わるのかという疑念が葛藤する中で、ポーポー語は作られ発せられるのです。

つまり、公の言葉と内緒話とポーポー語をそれぞれ紡ぎ出し、それを様々な模様として描くのが現代詩なのではと僕は思っています。

結局のところ、ポーポー語を持たない作品は、現代詩として成立をしないといっても過言ではありません。

僕は、これまでの本庄さんの詩の多くが喩に寄り掛かり修辞に逃げている印象を以前からもっていたので、この「六十年前の花火」を読んだ時に、ようやくそこから抜け出せたのだと思いました。

つまり、この詩に本庄さんのポーポー語を聞いたような気がします。




 

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