カッパおやじの癖に

「馬追鳥」
五二 馬追鳥は時鳥(ほととぎす)に似て少し大きく、羽の色は赤に茶を帯び、肩には馬の綱のやうなる縞(しま)あり。胸のあたりに*クツゴロのやうなるかたあり。これも或る長者が家の奉公人、山へ馬を放しに行き、家に帰らんとするに一匹不足せり。夜通し之を求めあるきしが終に此鳥となる。アーホー、アーホーと啼くは此地方にて野に居る馬を追ふ声なり。年により馬追鳥里に来て啼くことあるは飢饉の前兆なり。深山には常に住みて啼く声を聞くなり。    *クツゴロは馬の口に嵌める綱の袋なり。

『遠野物語』柳田国男著より

カッパおやじを自認しているのに、『遠野物語』を読んでいなかったことを告白しなければいけません。
カッパ伝説が遠野地方にあることはテレビなどでも紹介されていて知ってはいたのですが、肝心の著作には関心が向いていませんでした。
引用や抜粋などで『遠野物語』のいくつかは目にしていますが、きちんと読んでいなかったのです。

僕は新潮文庫で読んでいるのですが、そこには解説などで山本健吉、吉本隆明、三島由紀夫の三氏がこの本を語っています。

三島由紀夫は、この「遠野物語」の小話に小説の原点を見ています。

第二十二節の話です。以下は前半部分の要約です。

佐々木氏の曾祖母が亡くなった時、通夜の席に親族が集まり一同座敷にて寝ていた。通夜のしきたりとして火の気を絶やさないように祖母と母が囲炉裏の両側で炭籠を置き、囲炉裏に炭を継ぎていた時、裏口の方で足音がしたので見たら亡くなった老女がそこにいた。そして、その老女が二人のそばを通ったとき、老女の着ている着物の裾が炭籠に触ったのか、丸き炭取りがくるくると回った。

三島由紀夫はこう書いています。

>この中で私が、「あ、ここに小説があった」と三嘆これ久しうしたのは、「裾にて炭取にさはりしに、丸き炭取なればくるくるとまはりたり」という件りである。
 ここがこの短い怪異譚の焦点であり、日常性と怪異との疑いようのない接点である。この一行のおかげで、わずか一頁の物語が、百枚二百枚の似非小説よりも、はるかにみごとな小説になっており、人の心に永久に忘れがたい印象を残すのである。

『遠野物語』の小話をもって、これぞ小説であると言う指摘は如何にも三島流の読み方です。

吉本隆明は、『遠野物語』にみられる記述者と体験者が話の中で一体化し、記述者自身が体験しているような文体に変わっていくのが特徴だと指摘しています。

そして、このような民話が神話とどのような時間的空間的な共通項があるかという点について、民話が社会や政治の制度の梯子をどんどん登って行ったものが神話に他ならないと書いています。

自分の話に戻ります。

夜、寝床のところにLEDの懐中電灯(カー用品店ジェームスで無料配布されたものですが)を置き、『遠野物語』のページをめくって、鬼らしき者に女が人さらいになる話などが出てくると怖い話を読んでいる気分になります。

カッパの話も川童という言葉で書かれています。

五八 小烏瀬(こがらせ)川の姥子淵の辺に、新屋の家と云ふ家あり。ある日淵へ馬を冷やしに行き、馬曳きの子は外へ遊びに行きし間に、川童出でて其馬を引込まんとし、却りて馬に引きずられて厩の前に来り、馬槽(うまふね)に覆はれてありき。家の者馬槽の伏せてあるを怪しみて少しあけて見れば川童の手出でたり。村中の者集まりて殺さんか宥(ゆる)さんかと評議せしが、結局今後は村中の馬に悪戯をせぬと云ふ堅き約束をさせて之を放したり。其川童今は村を去りて相沢の滝の淵に住めりと云ふ。

これは日本の妖怪譚に繋がっていきます。

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