タトヘハ ヒト千人コロシテンヤ シカラハ 往生は一定スヘシ

「歎異抄」に書かれている有名な部分だ。(本願寺現代語訳より)

またあるとき聖人(親鸞)が、「唯円房はわたしのいうことを信じるか」と仰せになりました。そこで、「はい、信じます」と申し上げると、「それでは、わたしが言うことに背かないか」と重ねて仰せになったので、つつしんでお受けすることを申し上げました。

すると聖人は、「まず、人を千人殺してくれないか。そうすれば往生はたしかなものになるだろう」と仰せになったのです。そのとき、「聖人の仰せではありますが、わたしのようなものには一人として殺すことなどできるとは思えません」と申し上げたところ、「それでは、どうしてこの親鸞のいうことに背かないなどといったのか」と仰せになりました。

続けて、「これでわかるだろう。どんなことでも自分の思い通りになるのなら、浄土に往生するために千人の人を殺せとわたしがいったときには、すぐに殺すことができるはずだ。けれでも、思い通りに殺すことのできる縁がないから、一人も殺さないだけなのである。自分の心が善いから殺さないわけではない。また、殺すつもりがなくても、百人あるいは千人の人を殺すこともあるだろう」と仰せになったのです。

これは非常に難しい問題だ。
常識的な道徳観は吹っ飛ぶような話だ。
正しいことをしたから、善い結果が付いてくるという図式はここからは出てこない。

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