馬になりなさい

乗馬クラブに通って8年も経ちますが、鞍数は370鞍ですから全然素人です。 冬も乗るんですかと聞かれますが、今の時期(雪が降っても次の日は気温があがったりなど)は馬場が泥んこ状態だけでなく硬い地面で馬の肢には悪影響なので、乗りたくても乗れないこともあります。 つまり、どっさりと雪が降って馬場一面が真っ白くなるのが今の時期では最高の状態なので、それ待ちです。 馬は基本優しい動物です…

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タトヘハ ヒト千人コロシテンヤ シカラハ 往生は一定スヘシ

「歎異抄」に書かれている有名な部分だ。(本願寺現代語訳より) またあるとき聖人(親鸞)が、「唯円房はわたしのいうことを信じるか」と仰せになりました。そこで、「はい、信じます」と申し上げると、「それでは、わたしが言うことに背かないか」と重ねて仰せになったので、つつしんでお受けすることを申し上げました。 すると聖人は、「まず、人を千人殺してくれないか。そうすれば往生はたしかなものになるだ…

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死に近い宗教なのか?

お釈迦様が王子の地位・身分を捨て修行の道に入ったのは、人間が生まれた時から持つ生老病死の四苦と生きる過程で味わう愛別離苦の苦悩、つまり四苦八苦という苦悩からいかに心が自由でないのかどうしたら心の平穏を日々保つことができるのかという問題とぶつかり答えを見出すためだった。 もちろん、そこにはゴールが用意されていた訳ではないから、さまざまな修行が試されただろうし、さまざまな考え方を再度自分の中で辿っ…

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二河白道・・・スーさんこと三国連太郎のことなど

二河白道(にがびゃくどう)。西方浄土へいたる道が細く狭く、なお且つ北と南には火の河(衆生の瞋恚)と水の河(衆生の貪愛)がありそれに挟まれた道をわたることは大変だと説いたものです。 僕もどこかで読んだのだが、その経典が思い出せない。 三国連太郎もこの言葉をとって「白い道」という本を出しています。僕はズルをして第一部下巻を読んだだけ。 三国連太郎自身が自分は被差別部落出身というのをどこ…

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浄土三部経に出てくる数字は、白髪三千丈すら及びもつかない

浄土三部経は、浄土真宗教団の多くが「経典」として採用しているが、2度しか読んでいない身としては、そこに書かれている数字は一種<大ぼら>(大風呂敷というより、ほら吹き加減が異常だとしか思えない)としか読めない。 もちろん、愚かな人間が仏様のお姿を思い浮かべるためには想像もできない形状を形而上学的に示す必要上、あのような表現になったと言われるだろうことは分かるのだが。 劫、由旬とか、ガン…

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因縁・・・「うさぎや羊の毛の先についた塵ほどの小さな罪であっても・・・」

<因縁>という言葉は、ヤクザやチンピラ、あるいは不良学生などでも「なにを!俺に因縁つけるのか?!」なんて使うから、日本語としては定着しているんだろうが、思想としては難しい。 歎異抄に「善い心が起るのも、過去の世の行いがそうさせるからです。悪いことを考え、それをしてしまうのも、過去の世の悪い行いがはたらきかけるからです。」と書いている。「うさぎや羊の毛の先についた塵ほどの小さな罪であっても、…

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仏の位階制・・・序列は中華思想の影響か

仏教は、一神教の宗教と違って様々な本尊がいて、仏国土もたくさんあって(有名なのは西方浄土だが)、浄土に行くといってもどこの浄土なのか分からなくなる。 仏様にも位があって、第1位が<如来>、第2位が<菩薩>、第3位は<明王>、その次は<天>となるらしい。 釈迦如来・大日如来・阿弥陀如来など、普賢菩薩・観音菩薩・阿弥陀菩薩、不動明王・愛染明王、帝釈天など 阿弥陀様は、<本願>を立てて成就し…

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鈴木大拙著「日本的霊性」・・・親鸞のことが書かれていて、面喰った

買ってからどのくらい経つのかと、裏ページを見てみたら、1989年4月5日 第18刷発行と書かれていた。18年前だ。もっと若い時に買っていたのかと思ったら、そうでもなかった。 鈴木大拙は、欧米に<日本の禅>を紹介した人と記憶しているけど、年表を見たら、51歳の時に京都・真宗大谷大学の教授になっている。 本の題名から、右翼的な神道思想が書かれているのかと思って読んだら、親鸞をえらく評価してい…

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縁を求めて争いが起こるなら、それは離れるべき縁である

親鸞に関する本を読んでいるが、浄土真宗がその地方で受け入れられず様々な弾圧を受けているときに、親鸞は同朋にたいして、その地方が縁がなかったものととして離れることを勧めている。 その場で頑張れとか、なんとか工夫して根を張れという指示をしないで、縁がないから他の土地へ行くことを手紙で勧めている。

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