淑き人の 良しと吉く見て 好しと言ひし 芳野吉く見よ 良き人よく見

天皇、吉野宮に幸(いでま)す時の御製歌(天武天皇)

淑(よ)き人の 良しと吉(よ)き見て 好しと言ひし 芳野吉(よ)く見よ 良き人よく見

『日本書紀』に記述があるようです。
天武八年、天皇は皇后および草壁・大津・高市・河嶋・忍壁・芝基の六人の皇子を吉野に伴ってゆき、自らが体験した皇位継承をめぐる骨肉の争いんのごときものを再び起こすことのないよう、誓約させたのです。

ヨシの意の漢字を八回も重ねています。
八という数字が末広がりで縁起がいい数字として考えていたので八回も使ったのか、だからめでたい歌なのかというとそうでもありません。

吉野山という古代から神聖視されていた山を見渡しながら、六人の皇子に誓約させねばならなかった事情がそこにはあったのでしょう。

万葉集を古代の歌の調べを辿るという趣向でみるのもありなんでしょうが、人物とその背後にある歴史の出来事を重ねてみると、なんか歌の底から生々しさが醸し出されてきます。

その方が深読みができますが、歌の調べをどこかにおいてしまう危険性もあります。

でも、「日本人」の心の調べが通底しているというのも間違いではないように思います。

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