森会長辞任に学ぶ日本語学習

日本のオリンピック組織委員会の森会長辞任はまだ始まりにすぎません。もしかして何も始まらないかも知れないという予感さえしてきます。

ところで、森会長が辞任を決めてからの心境を「明鏡止水の心境」だと新聞に書いていました。正直、どこからこんな四字熟語がでてくるのかと驚きました。厚顔無恥という言葉だって浮かんできてもいいはずですがね。

そういう四字熟語を放っての辞任の挨拶を興味深く見ましたが、またもや15分以上のうち8分近くが自分のこれまでの功績を喋りだしたのです。こいつ!何を言いたいんだとツッコミが入るんじゃないのかと見ているこちら側がヒヤヒヤしましたが、理事のほとんどは付和雷同あるいは寄らば大樹の陰とばかりに心得ているから大丈夫のようです。

往生際が悪いとか「裸の王様」とかの言葉が頭に浮かんできます。お馬さんには悪いのですが、世間やマスコミの報道なんて馬耳東風なんでしょう。

多くの理事は、そんな森会長だからこそ天衣無縫とか天真爛漫だとかと慕っているのでしょうか。

そういえば老害などと言われると怒りを覚えるといっていたことも、実は差別発言釈明の記者会見で自分で勝手に被害者面して話していたことで、そういうのを自家撞着というそうです。

また、自分の言動で自分の行動が縛られるのを自縄自縛というのですが、心の中は周章狼狽だったのでしょうか。

次期会長選任を巡っても、責任を取って辞める人が次の会長を勝手に決めるという事で、すぐに批判の嵐が起きました。政府からも待ったが掛かったようで隠忍自重という考えは森さんには露ほども浮かばなかったのでしょう。

まあ、オリンピック組織委員会というものの立ち位置がよく分かりませんが、多くの理事がいるのですからそれらの人が次期会長をそれぞれが推薦し、その上がった人たちを理事同士で選挙すればいいだけの話です。
会長は理事の中からという決まりがあるようなので、選挙で決まった人を理事にしてから会長職に付ければいいだけのような気がします。

忌憚なく議論をするということと非公開にすることはイコールの理由にはなりません。
このコロナ禍でオリンピックをしたいと考える国民は多くはいないと思います。それらの圧倒的な国民の不安感を払しょくしてオリンピック開催をするための方策は、会長選考をオープンにして皆が参加したような気にさせることの方が重要だと思いますが、いまだにコソコソするのは何故なんでしょうか。

まるで森の中で道に迷ったチルチルミチルのようなものです。
幸せの青い鳥は本当に自分の近くにいるのでしょうか?

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