薔薇の香りで

いつぞやの「行列ができる法律相談所」で当時の司会者だった島田紳助が加齢臭の話をしていました。

ニオイを発する気管というのか腺というのか、そんなものが耳の裏側にあり、ある時、なんかニオイがするなと思って振り向いても誰もいない、なんだろうと考えて思い当たったのだという。これは自分のニオイだと、おそらく耳の裏側からじんわりと出てきているのだろうと納得したと話していました。

その時の島田紳助は40代後半から50代前半だったろうか、視聴者である僕から見ても年寄りにはくくれなかったと思う。

それを聞くまでは、汗臭いという事は感じても加齢臭なんて頭の中に思い浮かんだことはなかったが、最近はテレビでも聞くようになった。
自分が放つニオイですから自分ではあまり気づかないのですが、たまになんか臭いと思うことがあります。

どんなニオイか言われると困るのですが、ウンチをしたときなどにかび臭い匂いがして、宿便?それとも細胞も加齢で腐ってきているのかと思ったりもします。
義父の介護で感じたニオイと同じ匂いを感じることがあるのです。

そんなこともあり女房に「飲むと薔薇のニオイが体臭として出て来るのがあったよな、一度飲んでみるかな」と言ったら、女房曰く、あれは体臭もしない若い人たちが飲むと効果があるもので、あなたのような高齢者が飲んでも加齢臭に薔薇のニオイがプラスされるだけでただただ臭くなるのがオチよと言われてしまいました。

「いはばゑがけるかめに糞穢を入れ、くさりたるかばねに錦をまとへるが如し」
『発心集』の中に描かれている若き日の玄賓の逸話に上記の言葉が出て来るのだそうです。
時は760年頃のお話です。
玄賓はある親しい大納言の内室に一目ぼれをしてしまいます。「物も覚えず、心まどひ、胸ふたがりて」飲食ものどを通らない状態です。その苦しみを大納言に打ち明けます。
大納言は親しい青年僧からの思いもかけない打ち明けに驚きながらもその望みを叶えてやろうと、その旨を北の方に話し、説得して二人を会わせるのです。
そうして部屋には大納言の北の方が、これまた美しく引きつくろい待っていましたが、玄賓はその前に座ると二時間ほどの間、つくづくと眺め、時々、北の方の貌に向け、指はじきのようなことをして、結局、何も話をすることもなく、帰って行ったのです。

この行為を聞いたある者は、玄賓は不浄観によって恋を克服したといいます。
「香りのよいたきものや白粉・紅などにかざられ、つやつやした皮膚の美しさなどに眩む心をしずめて、その下にひろがる五臓六腑や、血管のはしりめぐる皮下、骨格の不気味さ、生きる生態そのもののもつさまざまなきたない飲食と排泄の活動を考え、目に浮かべることによって、対象の本質がなんであるのかを観念するのである」

鴨長明が書いた『発心集』は鎌倉時代です。その中でもこの若き日の玄賓の姿は人々に印象深かったようです。

玄賓という人は、僧の中での高い地位を手離し、奴僕・馬丁・渡し守などの身分の仕事について暮らしたといいます。そのことが若き日に得た不浄観を通じるものがあったのかは分かりません。

ただ、人の皮下は五臓六腑と不気味な骨格で作られた糞袋だとする認識は観念論というより、ニヒリズムに近いのではないでしょうか。下卑た表現をすれば、アイドルだってオシッコやウンチもするんだ式の底の浅い不浄観ではないでしょうか。

「僕は、からだをかがみこむようにして、彼女の寝顔をしばらく眺めていたが、腹の割れ目から手を入れて、彼女のからだをさわった。じっとりとからだが汗ばんでいた。腹のほうから、背のほうをさぐってゆくと、小高くふくれあがった肛門らしいものをさぐりあてた。その手を引きぬいて、指を鼻にかざすと、日本人とすこしも変わらない、強い糞臭がした。同糞同臭だとおもうと、『お手々つなげば、世界は一つ』というフランスの詩王ポール・フォールの小唄の一節がおもいだされておかしかった」(『ねむれ巴里』金子光晴)
金子がマルセイユへ向かう船の中で、中国の女子留学生と知り合い、同じ船室に宿泊することになるときの話として書かれています。

先ほどの玄賓の逸話と金子光晴のこの話を一緒に論じることはできないでしょうが、ある仏教が後生大事にしている不浄観なるものの薄っぺらさだけは僕にも理解できます。

人間が生きている中で持つ欲を捨て去ることによって何かを得たと勘違いをして生きるのか、その欲とどこかで帳尻を合わせながら生きるのを人生と考えるのかの違いでしょう。
もちろん、そのふり幅にいつだって悩まされているのが現実ですから、いまだに分からない状況が続いています。

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