レディーファーストなんて知らねな~

つい最近、SNSかなにかで「電車内での席の譲り合い」について議論になったとテレビで見ました。

外国に長く住んでいる女性が日本に一時帰国した時に、電車内で席を譲られたことが一度もないと投稿したのを受けての議論です。

キリスト教の文化なのかはよく分からないが、欧米ではレディーファーストという文化があり、それは女性一般を大事にしましょうということではなく、自分よりも力の劣ったものに対する助け合いの精神だというのです。

日本は、「おもてなし」という外来者に対しての文化やサッカーのワールドカップでのごみ拾いなどの周囲への心配りはあるが、身近な弱者に対する助け合いがないんじゃないのかという指摘です。

確かに、日本は<家族>を中心とした文化で、昔はその家族も大人数で、尚且つそれを囲む村の人たちも共同体としての機能が備わっていたのです。ですから、助け合いも<家族>や親族、村の共同体で充分役目が果たせていたのではないかと思うのです。

そういう文化の中で培われた精神が、近代化による都市生活の中に置かれたときに、<家族>、親族、村の共同体以外のものとの開かれた関係は受け入れがたいものだったのではないでしょうか。

つまり、近代化による市民生活という「社会」は日本人の精神文化にはもともとなかったものですから、それをどのように受容していくのかがいまだに問われているのだと思います。

極端に言えば、弥生式文化でのムラの生活に慣れていた「日本人」が、タイムマシーンで21世紀に連れて来られたという現象が今の我々かもしれません。
助けあいは<家族>、親族、ムラで充足していたのです。

しかし、その<家族>、親族、ムラもなんか怪しくなっています。どこにも自分の心のよりどころが無くなっているのが、現代日本の人々の姿のような気がします。

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