馬肥ゆる秋?・・・カラヴァッジョ展に行きました

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前売券を9月の初め頃には購入していたのですが、ようやく行けました。
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新聞でも知らせてありますが、今回の展示で観覧できるはずだった作品が結局到着せず、そのお詫びとして来場者に絵葉書2枚を渡していました。
写真の絵葉書はその4枚です。

カラヴァッジョと言う名前もはじめて聞きましたが、本当の名前は「ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ」というのだそうです。しかもカラヴァッジョは彼の住まいがあった土地の名前です。生まれはミラノなのですが、当時流行のペストが蔓延し、近くのカラヴァッジョに一家で移り住んだと説明にありました。

同時代の画家の作品と名前もありましたが、スラスラと読める名前でなく、まるでイタリア料理の名前のようで頭がこんがらがります。

彼の作品に戻ると、彼の作品の出現が「バロック」時代の到来を告げるものらしいのです。

>ここで、「バロック」という美術史用語について説明しておきたい。もともとは「異様な」、「奇妙な」というフランス語の形容詞で、18世紀フランスの古典主義の立場から、17世紀のイタリア建築の特徴を批判して使われた。装飾過剰や古典的規範の無視といった点で、「バロック」は「ルネサンスの堕落」と見なされたのである。やがて、この概念は同時代の絵画や彫刻にも及ぼされた。
「バロック様式」の再評価は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、スイスの美術史家ハインリッヒ・ヴェルフリンによって行われた。略。彼は15世紀末から16世紀(つまり盛期ルネサンス)の「クラシック」と17世紀の「バロック」を対等で対照的な二様式として捉え直した。 
・クラシックを「あるがまま」を描く「存在の芸術」とするのに対し、バロックを「見えるがまま」を描く「見えることの芸術」と規定している。(約文です)
『西洋絵画の歴史2』高橋裕子著、高階秀爾監修。小学館101ビジュアル新書。

カラヴァッジョ自身は、絵画工房での職人的な仕事の延長によきパトロンを得て名声や栄誉を得たいという欲求が作品制作の大きな動機のような気がしますが、彼の登場した時代は宗教改革と重なり、宗教画に新たな意味づけを必要としていたことも彼の活躍に影響したかも知れません。ただ、彼の人生そのものは作品制作以外は、穏やかなものではなかったようです。

そういう彼の人生があったから作品が光るのか、僕にはよく分かりません。

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