ゴジラはアイヌコタンで育った

http://dic.nicovideo.jp/a/%E4%BC%8A%E7%A6%8F%E9%83%A8%E6%98%AD
昨日放送のクイズ番組で、世界の音楽の歴史を変えた15人の中に伊福部昭が入っていました。
もちろん、これは葉加瀬太郎(とその番組スタッフが考えたもの)が選ぶという題で、なにか特別な根拠がある訳ではありません。

へ~っと思ったのですが、あのゴジラの登場曲のメロディ―のヒントがなにか彼の育った環境の中にあるのではと思ったのです。

http://www.tokachigawa.net/access/
伊福部昭は北海道で生まれました。
昭氏が生まれたときは父は音更村の村長をしていて、家には多くのアイヌの人たちが出入りしています。

伊福部氏は生涯のなかで感心した曲として「アイヌの古老が飼い犬が死んだ時に一日中即興で歌っていた曲」を挙げています。
*『アイヌ民族否定論に抗する』河出書房新書刊の「アイヌ文化との出会い」寮 美千子より。

上記の本は、その当時札幌市議で会った人がSNSを通じて放った言動に対してきちんと反論をしなければということで急遽作られた本のようです。

僕は数年前にイザベラ・バード『日本奥地紀行』平凡社刊を読んでいたので、アイヌの人たちが旧土人法制定以前から時の政府からの締め付けに精神的に追い詰められていたのを知ることが出来ました。

イザベラ・バードの紀行本は馬での旅行が基本なので、僕の関心事はこの当時の馬に関してだったのですが、紀行本としての全体量の3分の1が北海道での旅行に当てられていますので、イザベラ・バードが未開人と呼んでいたアイヌへの関心は相当なものがあったようです。

「私の旅行体験の中でもっとも興味があったのは、アイヌの小屋に三日二晩泊まって、まったくの未開人の日常生活を見たり、一緒に暮らしたことであると思う」第三十六信(手紙) アイヌ小屋<平取>にて 八月二十三日より

しかし、当のアイヌはイザベラ・バードに対しこう切り出します。
「彼らは何でも話す前に私に向かって、彼らの風俗習慣を話したということを日本政府に告げないでくれ、と懇願するのであった。さもないと、どんな迷惑がかかるかわからない、というのである」

この懇願の記述は何度も出てきます。

彼女はそのアイヌの懇願を「ばかばかしい恐怖」と書いていますが、彼女が時の政府から厚遇されて(当時のイギリスと日本との国際的な力関係のより)馬や宿をあてがわれていることをあまりを自覚していないので、そういう感想は持つことは当然だったかも知れません。

いずれにしても明治十一年頃でさえ、アイヌが自分たちの生活文化を堂々と主張できなくなっているという事実を知るべきではないでしょうか。

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