式場先生、キリストは偽物なんだな

『会えてよかった』安野光雅著、朝日新聞出版。

・鶴見俊輔の章である。
 「ちくま哲学の森」シリーズでの編集会議で、カントの『純粋理性批判』だったかを入れてはどうかと鶴見が提案した。他のメンバーは哲学のシリーズとは言え面白いものを入れるべきで、カントはどうかなという反応だった。ところが鶴見は「自分の考えていることと違うから入れたいんだ、自分の守備範囲だけで哲学を構成するというのはイヤなんだ」という。どうやら皆は翻訳したカントの著書を読んだ程度だったが、鶴見は原書で読んでいて面白がっていたのだ。
 そんな時、『ヨーロッパぶらりぶらり』に描かれた山下清さんと精神病理学者・式場隆三郎さんの旅での話が破格に面白いとわかったという。山下清が「式場先生、キリストは偽物です」と突如言い出す。それは「人間は男と女がいるから子どもができる。男性がいなくて子どもが生まれるわけがない。だから偽物です」と論理は単純で、かえす言葉がない。
 それもあって、カントが落ちて山下清が入ったと鶴見は膝を叩いて大笑いしたというエピソードが書かれています。

山下清というと、僕の年齢でも昔の人な訳で、テレビドラマで芦屋雁之助演じる山下清の印象が強い。ランニングシャツに短パンをはいて大きなリュックを背負って放浪している姿です。吃音癖がついたつっかえながらの話し方です。
山下清が書いた文章を見たことがありますが、句読点が一切ないもので、独特なリズムがありました。

ヨローッパ旅行での式場先生との実際の会話は分かりませんが、テレビドラマの山下清さんなら「式場先生、キリストは偽物なんだな」と喋るのでしょうね。
おそらく、乳飲み子のイエスを抱くマリア像を式場先生から説明されたときに、答えたものでしょう。

なるほどと西洋の由来の宗教だから「キリストは偽物です」という指摘も頷けますが、それなら日本の場合はどうなんだと改めて思います。
仏教は日本に定着した宗教だけど、インドから中国・朝鮮と渡ってきて、なにやら「日本の仏教」になったとも言えます。

開祖というか仏教の教えを説いた釈迦の時代でも個人での修行だけでなく信者を引き連れての旅もあり、そこには集団の規律のようなものも作られたようです。戒律というものです。
やはり修行の妨げになる欲望からいかにわが身を遠ざけるかが重要であります。それ故、「ひとり犀のように歩め」と仲間と連れ立つことさえ危うい行為のように書いています。

そんな時に出てくるのが男女の性的関係です。
ただ、仏教の修行者が「汝姦淫するなかれ」と女性との性的関係になる行為一般を戒めているかのように後世の人たちは理解しているが、原始仏教では他人の妻と交わることを戒め、「父母につかえること、妻子を愛し護ること、仕事に秩序あり混乱せぬことーこれがこよなき幸せである」と書かれています。
東南アジアでは妻帯しない仏教修行者を多く見ますが、それに比べていつの間にかちゃっかり肉食妻帯を自分に許してしまう日本の仏教のいい加減さはなんなんでしょうか。
もちろん、そりあ人間だものと開き直るのならまだ可愛げがあるのですがね。

それなのに、ここは女性禁制だとか女性は不浄な生きものだとかを平気で宣うのは論理矛盾というより、自分の行為そのものから正せと言いたいですね。
2021年の現代日本で騒がれた女性蔑視発言も根は「日本仏教」が伝えた不浄観なる考えにあります。
日本的思考の根底にある不浄観なるものが今回も確認されたということでしょう。

キリストは偽物ですといった山下清に習えば、「日本仏教」も仏教の偽物ですといえます。

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