卑弥呼が踊る太極の舞

『謎の古代女性たち』黒岩重吾著、中央公論社。

上記の本の最初に書かれているのが「卑弥呼」です。
魏志倭人伝に書かれている内容から想像を膨らませての記述です。

黒岩氏が注目するのは、「なぜ、女王でも何でもない卑弥呼が倭連合国の女王に共立されたのか」という疑問です。
魏志倭人伝は、卑弥呼が女王になる前の時期は百余国の国が争う「倭国の大乱」があったと記しています。

互いに争っていた国々が連合国を作る契機として、黒岩は同時代の中国で起きていた「黄巾の乱」や五斗米道などの宗教運動を思い浮べています。
つまり、困窮した民が耕作地を棄て神懸り的な卑弥呼に呼び寄せられるようにして集まり、その数が一国の武装集団を凌駕する大きさになることで諸国の長が卑弥呼に国々を束ねることを任せたのではないかというのです。

二世紀ごろの中国では、道教の一派もしくは道教のもとになるのではと考えられる宗教運動が起こっています。「黄巾の乱」では数十万の信者が軍隊組織として編成され、ときの王朝と闘っています。

黒岩氏は、日本からも中国へ貢物をもっていっていたので、その辺の情報は入手できていただろうと推測しています。もしかしたら、そういう集団の一部が降伏させられるときに日本へと逃げ延びたかも知れません。

その者たちが日本でも宗教運動を始めた時に卑弥呼と出合ったのかも知れません。

ここからは僕が考える物語です。
太極拳は道教のお坊さんが作り広げたとあります。二世紀ころにはすでに道教の教えが形造られていきます。
原初的な考え方に、神仙思想と不老長寿があります。

一つに、卑弥呼は信者を前に、高床式の舞台で太極の舞を披露し、また、諸国の長たちには、神仙思想や不老長寿の考えを国家統一と絡めて宣託をたれていたのではないでしょうか。

ただ、互いに争っていたものが連合を組むのは、どうしても対外的な面があるように思います。
黒岩氏が主張する卑弥呼の信者群が存在したというだけではどうも弱いのです。卑弥呼がいた邪馬台国は狗奴国と争っています。つまり、邪馬台国の連合国は、狗奴国の肥大化に恐れた結果というのが一番分かりやすい説明だと思います。

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