マイヒストリー

例えば調子が悪くなると、それの因果関係を作りたくなる。
何故、調子が悪くなったのか、何故風邪気味になったのかと。

もちろん、病気の因果関係などはっきりしていることの方が少ないのは当たり前で、こういうことをしていたからこうなったというのは眉唾ものだ。
それでも、コロナの集団発生などと云う事態になると、専門家が出てきて、会食などで長時間マスクを外して話していたとかの理由を述べたりしますが、コロナの場合は接触感染だけでなく飛沫感染も重要な要素なので、誰が何をしていたのかよりもその空間での換気がどう行われていたか、それが飛沫感染の予防に有効だったのかまで調べてみないと結果は出せないはずです。

ところで、この物語の作成は、病気の治療に有効なのだと河合隼雄氏は著書で書かれていました。
精神病理学としてのどのような病名の方に有効なのかは分かりませんが、心理カウンセラーとして向き合う患者さんが治って行く過程の中で、自分の物語を語れるようになることが治って行くことに繋がるという書き方です。

それは辻褄が合うというレベルで語っていいことなのかは分かりませんが、日々生起する出来事は自分がその理由の一端を担っているのかさえ分からない事柄も多く含まれています。
その事柄に心も左右されることがないのならいいのですが、やはりどこかで躓いたときに、それはなにか自分の犯した出来事に含まれるのではないかという疑念が生まれます。
そうすると、どこまでが自分の言動の責任なのかという境界線が分からなくなるのです。

どこまでも自分の問題なのだと自己拡張をしていくやり方もあり、いや、それは自分のあずかり知らぬ世の中の動きだと無視する方法もあります。そして、結局はその中間点を見つけ出す作業をしているんだろうなと思います。

自分の人生において、過去をひり返った時に、自分の力ではどうしようもないものが周囲にあり、それらをなんと変えて行く努力みたいなものをしてきたという自負とおそらく他人には伝わらないものも多くあるなという実感もあり、そこの部分がいつも心に引っかかっていました。

でも、誰かが評価し、誰かが判断をすることは間違いがないのです。

こうして、僕がシニア世代になってもブログというまどろっこしいことをしているのも、「いや、俺は違うんだ。そうは考えないんだ」という地団駄を踏んでいるようなものかも知れません。

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