今日の先生、イライラしていない?

今日の先生、なんかイライラしていなかった?
と帰り際、聞かれました。

「いつもの通りですよ。いつもあんな感じじゃないの」と僕は答えたんですが。

習い事をするときに、何が問題なのかと考えたら、一番にくるのはなんでしょうか。

習い事の種類にもよるでしょうが、やっぱり先生の教え方は重要です。

もちろん、生徒同士の距離の近さ(親しさという意味で)も大事です。

皆が初心者に冷たければ、習う意欲よりも通いたくなくなります。

そういう意味では、生徒同士の距離の近さが大事だなと思います。

習うと言っても、それを一生の趣味にするとかライフワークにするとかの段階までを想定して習うことはあんまりありません。

乗馬の場合は、定年後の趣味プラス運動として始めましたので、想定どおりでしょうか。

ジムは、コロナ禍で行けていません。
それに自分にはあんまり向いていないような気がします。

一人ジムで鍛えている人を見ると、なんとなく「私はこんなに頑張っています」と誰かに対してアッピールをしているような雰囲気を醸し出しているように感じます。それがどうも鼻につくんです。

太極拳は、身体ほぐしのつもりで通いました。
でも、上記の方が話しているように、この先生が独特です。

言葉ことばのはしはしに、なんか気に障る言葉を吐きます。

「ひとり一人に丁寧には教えません。この体育館から、そんなにお金を貰ってはいないからです」
まあ、ジョークのつもりなんでしょうが、お金をどれほどもらっているかはこちらには関係のないことですと言いたくなります。

時々、型の動作が違うと、最初に配った二次元の紙媒体を見て確認してくださいといいますが、動作を二次元の紙で確認することは無理です。
それでいて、ネットで太極拳の動きをみることを嫌うのです。

40年以上も太極拳を習い、本場中国だけでなく、どこかにいい先生がいれば飛んで行くという情熱を持ち合わせていたようですが、そのことのすごさを評価しても、それはあなたの生き方の問題ですよと一言忠告したくなります。

何故なら、僕らは区の体育館講座で太極拳を習いにきているので、なにもこの先生の門下生になりたくて来ているのではないのです。
門下生なら、師範のいうことは絶対でしょうから、なんでも「ハイ、ハイ」といいますが、僕らは運動をしに来ているだけです。

そういうことを考えて見れば、人に何かを教えるということは随分と難しい作業であることが分かります。
逆に考えれば、人から何かを教えてもらうことも易しいことではないと気付きます。

つまり、双方向のエネルギーが一致しないと、あの先生は駄目だとか、あの生徒はやる気を見せないとか、なるんでしょうね。

You are my sunshine

お互いが求めあうような関係になることが理想なんだろうね。

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