『算命学』入門・・・鬼門と桃太郎

普段あまり占いなどを信じていない人も、家を建てるとか結婚式をするとかの人生の一大事においては吉兆は気になります。

電子辞書で「鬼門」を調べると、
①陰陽道で、鬼が出入りするといって万事に忌み嫌う方角で、丑寅すなわち北東の称。②ろくなことがなくて行くのがいやな場所。また、苦手とする相手。事柄。

上記の『算命学』「こぼれ話」からの抜粋です。

鬼門は北北東と東北東の二方向で、十二支でいう「丑寅」の方角です。立春(年の始め)に丑寅の方向にめぐる星座は、二十八星座の中の「鬼宿」という星座です。そのため丑寅が鬼宿の定位置とされ、いつのまにか鬼門と言われるようになったのです。
つまり、鬼門とは「日、月、五惑星」がとおる場所であり道です。言葉を代えれば神様がとおる神聖な道なので、その通り道に不浄なものを置くな、作るなとしたのです。

次は、桃太郎伝説です。
鬼門という方向は、季節に置き換えてみれば冬・春の境目から夏・秋に抜けるものです。
冬の寒さに耐えて春に芽生えた植物(食物)が、夏を過ぎ収穫時の秋を迎えるという、一年の季節の流れを語る物語として作られたのではないでしょうか。

桃は、「古事記」にも出てきます。
黄泉の国にいるイザナミに会いにいったイザナキの話です。
イザナキは黄泉の国にいる自分イザナミの姿をみるなと警告されていたのですが、思わずみてしまいます。そこには、身体中に無数の蛆を這わせたイザナミがいました。
イザナミは「私に恥ずかしい思いをさせて!」と叫び、死者の国にいる醜い女神たちにイザナキを追わせます。
イザナミは八人の雷神に黄泉の軍勢千五百も追わせます。

必死に逃げるイザナキは、現世との境にある黄泉比良坂の所まで来たところで、そこに生えていた桃の実を三つ取って、追手の軍勢に投げると一人残らず退散しました。
そこで、イザナキは桃に「オホ・カム・ツ・ミの命」という名を授けたとあります。

これが桃太郎のルーツなのかはよく分かりません。

木の兆しと書いて、桃という漢字になります。五行説からいうと、木性です。
桃は夏に実がなる果物です。算命学では、秋は八、九、十月です。桃は秋には枯れて次の春を待つのですが、八月は申月でサル、九月は酉月でキジ、十月は戌月でイヌという具合に置き換えることができるのです。
そういう秋を体験し、冬を越えて春を迎えます。
つまり、冬の丑(1月)から春の寅(2月)を迎え、動き出し(鬼門=鬼が島)、夏の未(7月)から秋の申(8月)の方向(裏鬼門)へと抜ける形で終了します。物語から言えば、メデタシメデタシでしょうか。

まあ、「古事記」の話が根底にあるのかどうかは分かりませんが、古代日本では中国から伝わった果物などには不老長寿の薬効があると伝えられています。
確かに、古代の生活において、果物の果汁と甘さはこの世のものとは思えないものと感じたかも知れません。

桃太郎に付き従うサル・キジ・イヌが算命学で説明がつくというのも、どうなのかなという疑問もあります。

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この記事へのコメント

  • ラベンダ

    桃太郎のルーツですが、芥川龍之介の小説でも古事記由来(イザナギ•イザナミ関連の桃)だと同じく語られていましたね。所謂、鬼に対するイメージが変化したのもこの小説のおかげでした(汗)。
    2020年06月08日 19:53
  • カッパ

    鬼のイメージですか?

    歓迎されない来訪者とかこちらのルールでは測りえない者たちとか、いろいろな鬼が想定されるようですが、鬼は何者でどこにいるかという問いには、自分たちの中に「内在」していると捉えるか、「関係」の中で作られると考えるかという問題に出くわすような気がします。
    そして、そのどちらにも鬼は現れるのだと思います。
    2020年06月09日 15:33