いみなとさじん

『市塵』藤沢周平著。

佐高信氏が司馬遼太郎と比較として評価していたので読んでみました。途中です。

新井白石が主人公です。
広辞苑で仕えていた徳川家宣を調べると、新井白石・間部詮房を登用して前代の弊風を改革したとあります。家宣の前は生類憐みの令の悪名高い綱吉です。


新井白石、名前だけは知っていても何をしたのかは分かりません。
この小説では儒者とあり、古の教えを守るだけの学者にはならないという姿勢を描いています。

「いにしへを知るといへども、今を知らざれば所謂春秋の学にあらず(中略)世の講官多くは、いにしへをのみ論じてその詞今に及ばず」

小説での新井白石を読んでいると、その頃の朝鮮との国交など興味深いものがあります。もちろん、史実にどこまで忠実なのかは分かりませんが、江戸の時代では朝鮮も日本も公文書の正当性を論議するのに中国の書をもとにしているのは確かかも知れません。

小説の中に出てきた言葉があります。いみな=忌み名であり、諱と書きます。
朝鮮からの特使(国交交流団のような?)が数百人単位できます。その際に、国書を交わします。
小説の中では、日本からの国書に諱があって受け取れないと朝鮮側が難癖をつけます。この国書を書いたのは新井白石です。

広辞苑によれば、①死後にいう生前の実名。②後に、貴人の実名を敬っていう。③死後に尊んでつけた称号。おくり名。

権力者の死後、生前の偉業を称えて別な名前を付けるようです。それは中国の文化を取り入れた結果でしょうか。韓国でも日本でも同じようにしていたようです。
日本からの朝鮮特使にむけた国書に韓国の王様?の生前の実名の一部が書かれていたとの指摘です。

新井白石は、中国の書にも7代前の時代のことは問わないとあり、朝鮮の国書にも<光>(家光の名前の一部である)が使われていると反論します。

なんかすごく幼稚なけなし合いのように思えますが、この時代では朝鮮側は日本を文化的に遅れている国だという認識があったようです。ですから、このような細かな指摘をするようです。

反論の文書に中にも、さじんのことが書かれています。
左衽と書きます。意味は、衣服をひだりまえに着ること。中国では右衽を中華の文化とし、左衽をいてき(野蛮な民族)の習俗であると軽蔑しています。

朝鮮では左衽の文化なのではと付け加えています。

それにしても、恐ろしべき中国文化の奥の深さです。

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この記事へのコメント

  • ラベンダ

    綱吉の生類憐みの令といえば、捨て子の禁止及び保護や、病気の馬を捨てることを禁止したりするなど、今まであまり悪いイメージを持っていませんでした。
    やはり綱吉の印象も世代によって大きく違うのでしょうね(汗)
    2020年03月04日 23:01