猿田彦は天狗なのか?

『サルタヒコの旅』編集者 鎌田東二、創元社刊。

正直なところ、「古事記」を途中まで読んではいたが、サルタヒコという名前は記憶していない
>一人の神がいます。天のやちまたにおります。その鼻の長さは七あた、座高は七尺あまり、身長はまさに七ひろになりましょう。また、口、尻があかるくひかっています。眼は大きな鏡のようであり、照りかがやいているさまは、赤いほおずきのようです。

このサルタヒコはアマテラスが地上に降りてくるときに自分が先導をすると言って待ち構えています。しかし、サルタヒコの大きさや容貌があまりに醜いので、お供をしていた八百万の神々が圧倒されて誰も近づけません。

そこでアメノウズメに命じて、名前と理由を尋ねさせます。

この時のアメノウズメの姿は、自分の胸乳をあらわにし、裳のひもを臍のしたにおしたしてという恰好です。アマテラスを岩屋戸から出すために踊った時の姿です。

サルタヒコがアマテラスの先導をするという行為はおそらく主従関係が成立したという事の記述ではないかと推測します。しかも、このサルタヒコは何故か貝に手を挟まれておぼれて死んでしまうという物語をもっています。

こういう物語を単純に読むと、山側に勢力を持っていたものが海側に勢力を持つものに一度は敗れたと考えるのが普通ですが、荒俣宏氏はサルタヒコが住んだと言われる伊勢ー鳥羽付近の地域的特性として海士・海女に関係するのではと推測しています。
また、この地域の海女さんが神とあがめる「しろんご」すなわちサルタヒコが、白髭明神と呼ばれ、白髭神社が全国に数多く祀られているのはここと何らかの関係があるのかも知れません。

そして、この白髭神社は渡来人である朝鮮半島の神だったのではという推論です。

サルタヒコとしての舞の際に付けるお面は、地域によって様々ですが、それこそ天狗そのものだと思えるものもあります。
天狗は山の修験者のイメージがありますが、果たしてそれがサルタヒコを起源としたものか・・・

この本で面白いのは、サルタヒコをめぐる研究だけでなく、対談・鼎談がいくつかありそちらの方が興味深いかも知れません。

①「日本神話とサルタヒコ」・・・河合隼雄・鎌田東二
②「ドン・ファン・に導かれて」・・・細野晴臣・吉本ばなな
③「聖地巡礼」・・・美内すずえ・田口ランディ・鎌田東二
④「日本の異界探訪」・・・岡野玲子・宇治土公貞明・鎌田東二

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