どっちの味方でもないんですが・・・

『司馬遼太郎と藤沢周平』佐高 信著、光文社刊。
副題に「歴史と人間」をどう読むかとあります。

実は司馬遼太郎を読んだことがありません。ましてや藤沢周平もです。

なんか皆が注目する作家は読みたくないんです。へそ曲がりなんです。ひねくれものなんです。

司馬遼太郎が描く坂本龍馬がある時期から注目され、我も我もと竜馬人気が出ると、俺は知らねえよと言いたくなるんです。

トンチじゃないけど、大阪城を作ったのは誰かという質問をしたら、そりゃ大工さんだべさと言いたくなります。

人間が歴史をつくるのだけど、何か数人の人間が密議を交わしてなんてことで時代が動いたりはしない。確かに時代の歯車をいち早く察して少しの力を掛けることで大きく事態が動き出すということもあるだろうが、後から見ると、あれはいったいなんだったのかと思うことの方が多いのだ。

本の著者の佐高氏は司馬史観ともいうような歴史の捉え方が、現代の経営者の多くに変な自己確信のような錯覚をさせて、その気にさせている弊害を訴えています。
もちろん、著書をどのように読んでも作家に責任はないのだけど、司馬遼太郎にはなにか確信犯的なものがあるという指摘です。

誰かが書いていたけど、社長さんたちてはこぞって司馬遼太郎を読み、会社員は山本有三(ちょっと違ったかな?)を読むとあった。

佐高氏はここでは司馬の小説に対し、藤沢を押しています。

どちらも読んでいないので何とも言えないが、自己肯定として社長さんたちが読む司馬遼太郎は想像がつきます。一時代を築いた主人公がいて、彼の周りで時代が動き出しているということなんでしょう。

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この記事へのコメント

  • ラベンダ

    日本史限定だと私は坂本龍馬より、大塩平八郎とか天草四郎などが好きですし、感情移入できます。
    司馬遼太郎に関してですが、彼はいかに成功者が勝利したか的な史観を前面に出しすぎる余り、当時の社会的弱者や征服された敗者側の悲惨な光景、及び成功者側の非人道的部分を無視する(または矮小化する)スタンスなのではないかとは個人的に感じます。そのせいか、司馬遼太郎の語る朝鮮史観についてもどこか蔑視のようなものを感じた記憶があります。
    いずれにせよ経営者が好みそうな作家だとは思います(汗)
    2020年02月22日 20:02