#乗馬する?

乗馬クラブの忘年会が終わりました。無事かどうかは分かりません。

僕が通っている乗馬クラブは、室内練習場がないので今の時期は困ります。
雪が降らず、気温がマイナスになったりプラスになったりで、馬場そのものはカッチカッチです。
ですから、馬に乗ることは出来ません。

忘年会の隣の席に座った人は、ノーザンに行っているそうです。自家用車がないのでバスを乗り継いで行っているのです。

レッスン料は?と聞いたら、8千円だとそうです。
とすると、バス代をプラスしたら、一回のレッスンに掛かる費用は1万円ではないでしょうか。

すごい!の一言です。

上手くなりたい一心時にいうか、馬が中心の生活のようです。

僕も乗馬の本を何冊か読みました。(ほとんどが斜め読みですが)

ところで、乗馬が上手くなるってどういうことでしょうか?

ここからは乗馬に心奪われたど素人の妄想になります。いかなる批判・批評も受け付けません。

乗り手の思うままに馬を動かすことができるでしょうか。それは馬を乗り始めた誰もが思うことですね。

馬場馬術という競技では、馬が自分の意思で動いているかのように演技することが高得点につながると聞いたことがあります。

そのために、扶助と呼ばれる馬への指示を的確に出せるかどうかが重要になってきます。
最初は何から教えられるでしょうか。

座りでしょうか。リラックスして馬上にいることが馬にとっても重要です。
馬は自分の身体に蝿やあぶが止まっても、すぐ反応します。それだけ、敏感なのでしょう。

そういうことを考えれば、人間の体重はものすごい負担です。
重さで言えば、蝿何十万匹?あぶ何十万匹?

そこで考えるのは、競馬馬に乗る騎手のようにモンキースタイルで乗れば、馬にとっては少しは負担は軽減するかも知れません。
でも、モンキースタイルでは指示を出すことは難しい。

減速や突っ込め~!という合図は出せますが、それ以外は難しいでしょうね。

やっぱり、ちゃんと座る形になります。(馬に人間が乗ることさえダメという人もネットで見かけましたが・・・)
乗馬をしたい者にとっては、馬に優しい座り方をまず学ばないといけません。

そのためには、乗る側が馬に乗ることの恐怖から自由でないとまずいのですが、武豊騎手の本を読んでいたら、競馬をするうえで恐怖心を失くしたらもっと危険だと書いていましたので、頭の片隅には<馬は臆病な動物なのでいつ何時、方向転回したり走り出したりする>という行動パターンは覚悟しておく必要があります。

つまり、馬が急な方向転回したり、急に走り出すのは、馬本来の習性によるものが大きいということです。
但し、レッスン馬がレッスンを嫌がってそうするのは、馬のわがままといえばそうなんですが、馬もたまにはレッスンに付き合いたくなることもある訳で、僕の感覚では「まあ、そんな日もあらな~」という感じでしょうか。

馬にある感受性は、快か不快かの感覚に近いものがあると読んだことがあるので、馬にその気にさせることが重要かも知れません。

今の僕はどちらと言うと、馬への扶助の的確さを追求するよりは、馬にその気にさせるにはという方向に向かっています。

と言いますのも、重度身障者の馬術競技をネットでみたことがあるのですが、騎乗している重度身障者の手も足も騎座もぼくの眼からはばらばらで馬にきちんと座れているようには見えないのに、馬はちゃんと正確な図で動いています。

そこには、馬と騎乗者の扶助に関する約束事の了解があるのだと思います。

馬との了解が成立していれば、それは正しい扶助だということではないでしょうか。

僕はレッスン馬に乗りますから、自分勝手な扶助で馬が理解するのは無理ですが、こいつが乗った時はこんな扶助をだすのかと馬が気付いてくれるのが理想でしょうか。
でも、ほとんどが「なんだこいつ、下手な扶助だしやがって」と馬に思われているのが現状です。

扶助を的確に出せるように練習するのが近道ですが、理想としては騎乗した時に、馬も自分も「お前はそういう奴なの」とお互い感じれるようになることでしょうか。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント