ブドウ園の労働と賃金

今はどうか分かりませんがビジネスホテルの部屋に聖書が置かれていました。

僕自身キリスト教の聖書を読んだことはないのですが、ある時、暇にまかせて聖書を数ページ読んだことがあります。

それが表題の「ブドウ園」の話です。

実際のブドウ園の収穫も短期間での収穫が必要なので多くの人手が必要です。この話は、そのような実際の問題を語ることによってキリスト教の教えをたとえ話として語っているのでしょう。

話の内容はこうです。
>ブドウの収穫時期になり、農場主は朝に多くの人を雇います。そのあとも昼過ぎ、3時頃と次々と雇いいれます。しまいには5時頃にも雇い入れ、そしてその一時間後には収穫を終えた人々に賃金を与えます。朝から働いた者に賃金を与えると、貰った者たちは感謝を述べます。最後に5時から働いた者にも同じ賃金を与えます。すると、朝から働いていた者は口々に不満を言うようになります。
 そういう不満に対し農場主はこう言います。自分は約束した賃金を皆に渡したのだ、自分のものを自由に渡したのに何故言われるのだろうと。

ここに登場する農場主はおそらく神という存在なのだろうと思います。すべてのものを差別することなく平等に扱うという姿を書いているのでしょう。
ただ、十時間働く者と一時間しか働いていないものを同じ賃金で支払うという例えは、理解するのに少し戸惑うものがあります。でも、『歎異抄』に書かれている<善人なをもて往生をとぐ、もって悪人をや>という部分と重なっていなくもありません。

ところで、ヨローッパの国々が早くに近代化を成し遂げたのは、根底にあるのはキリスト教があるからだと読んだことがあります。それがどのようなものかはよく分かりませんが、上記の話からは終身雇用という考え方は出てこないことは確かです。

同一労働同一賃金という考え方や或いは産業別労働組合が作られる土台がもしかしたらこんなところにあるのかも知れません。

日本でも企業のグローバル化ということで、終身雇用という制度が消滅しつつあります。正規雇用よりも非正規雇用の労働者が半数以上を占めています。
このままで大丈夫でしょうか。
日本の雇用形態は劇的な変化をしているのですが、終身雇用=藩に仕えるという考え方から多くの人たちは抜け出せていないように思うのです。労働環境を取り巻く文化のすべてが追い付いていないし、準備されていないのです。

とすると、日本には新たな宗教がイデオロギーが必要になってきているのではないでしょうか。

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