この人、誰?!

ローマ教皇が急遽来日をして、長崎・広島と訪問をしたことが報道されています。

原爆で亡くなった弟を背負い焼かれる順番を待っている少年の写真を全世界に紹介したとありました。

でも、この人、誰?というのが率直な感想です。

僕はキリスト教徒でもないし、日本におけるキリスト教信者だって総人口の2%にもいかないと聞いたことがあります。
ですから、キリスト教会の偉い人が来たからと言って、「いいことを言っているな」くらいの感想しかありません。

マスコミは、ローマ教皇の発言をなにか鬼が持っている金棒のように振り回して、どうだみたいな感じで報道していますが、他人のしゃべった言葉で何かを語ろうとするのは正直好きになれません。

どこかの権威をもって相手にひざまずかせようとするのは、悔し紛れに「お前の母ちゃん、赤でべそ!」とののしるガキよりも低劣と言わざるを得ません。

仏教の本(『原始仏典を読む』中村 元著、岩波書店)に、「武力を伴わないで広がったものは仏教だけです」とありました。

キリスト教は、侵略・支配・征服を繰り返しながら、世界に布教した歴史があるのではないでしょうか。だからあまり偉そうなことを言いなさんなと忠告をしたいですね。

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この記事へのコメント

  • ラベンダ

    仏教が非暴力で広まったとは、日本史の蘇我馬子•聖徳太子と物部守屋との戦争をお忘れですか、中村さん(苦笑)

    いや失礼。この手の話(岸田秀の「一神教vs多神教」など、いわゆる多神教寛容論)を色々な学者から腐るほど聞いてきたのでつい。ただ世界史関係の資料を読んでるとそんな単純な世界でないのはすぐに分かるはずなのですけどね。まあ、自分もかつて仏教を欠陥のない至上の宗教と盲信してたから、批判できないですけど。

    ちなみにキリスト教は最低でも3つの派閥に別れます(カトリック、プロテスタント、正教系)。
    カトリックとプロテスタントは確かにそれこそ(主に中南米で)侵略、支配、征服を繰り返しながら信徒を拡大していきましたが、正教系(初期キリスト教)の拡がりに関しては軍事的と言うより、まず奴隷や貧者などの社会的弱者などに多数の支持を受け、弾圧され殉教するを各地で繰り返しながら最終的に国教化させたことが大きいです。また、カトリックにもラスカサスなどのスペイン人カトリックがキリスト教徒侵略者による先住民搾取と先住民伝統破壊を非難•告発する動きも一応ありますので一枚岩でもないのですね。
    好き勝手に長文すみません。
    2019年11月27日 19:33
  • カッパおじさん

    なんかラベンダさんがいつも反応していますね。面白いですね。僕のようなブログに反応するなんて。
    ところで、日本に伝えられた仏教という外来思想を統治思想として有効と考えたのかはどうかは分かりませんが、是とするか否定するかで争いになったのは、話の筋からすれば仏教の問題ではないような気がします。
    それは伝えた側の問題ではなく受け入れる側の問題のような気がします。 ただ、そこに朝鮮や中国の支配勢力が関わっていなかったのかと聞かれたら、それはまたっくないとは言い切れないでしょう。
    当時の大和がどこまでが本当に独立した国だったのかも不確かな部分がありますからね。
    なんでしょうか、これは自主憲法と戦後の「日本国憲法」のような問題ですかね。
    2019年11月28日 15:30
  • ラベンダ

    なんというか、いつも、勝手で失礼しています(苦笑)

    まあ日本に限らず、仏教にしろキリスト教にしろイスラム教にしろ、その拡がりは受け入れた側、その信仰心を持つ側が教えをどう解釈したかによって左右されている面がありますね(あと教えに付随する社会的利益にも左右されている)。
    現在を見ても、中南米の先住民側は西洋人に侵略されて押し付けられたキリスト教を、国として独立した後も棄教せずに最終的に先住民なりのキリスト教信仰へと変えていったのですから、全く押し付けばかりで一方的な宗教というわけでもないのでしょう。逆に東南アジア(マレーシアとインドネシアなど除く)やインドなどでは西洋の植民地化及び宣教を経験しても、キリスト教文化が結局根付かず、従来の仏教•ヒンドゥー教の信仰が強いのを見るに、現地人にとってキリスト教は押し付け以外の何者でもなかったということですね。

    一つこちらも誤解がありました。確かにカッパさんの言うように解釈するならば、「仏教だけは武力を伴わないで拡がった」というのは正しいです。昨今のミャンマーロヒンギャ問題も、「仏教の暴力性」と言うより、ミャンマーの国粋主義に問題の焦点を当てるべきかもしれませんね。
    2019年11月28日 23:34