教授という肩書がバカをつくるのか

11月19日(火)の北海道新聞の夕刊の記事です。

「女性アスリート おしゃれも力に」という題です。
一時期ですが、女子ジャンプ競技の高梨沙羅選手が試合に臨むために化粧をしていることに対し、批判や非難が起きました。
高梨沙羅選手のお化粧はどちらかと言えば、若い女の子がする濃い目の化粧です。これが日本の女性アスリートとして相応しくないという内容が批判の主なものでした。それが高梨選手の競技での結果で徐々に少なったのではないでしょうか。

記事の中には、現在「アスリートビューティーアドバイザー」の肩書を持つ花田真寿美さんの言葉が書かれています。
バトミントン選手として中学・高校と活躍していたのですが、高校では周囲の重圧で「泣きながら角刈りにした」ことが思い出が残っていますと語っています。
その時代は「競技に本気なら女を捨てなきゃいけない風潮や固定観念の押しつけ」を感じたそうですが、今ではアスリートへのメイクに対するニーズや理解が進んでいる実感もあると語っています。

まあ、ここまではいいのですが、最後の方に書かれていた上智大の師岡文男名誉教授(生涯スポーツ学)の言葉でそれまでの文章が台無しになりました。誰かが要約した文章かも知れませんが、要旨は違っていないと思います。
「トップ選手は政治家や芸能人と同じである程度の有名税は仕方がないが、表現の自由は当然ある。人に迷惑を掛ける化粧やファッションでない限り、非難、中傷は名誉棄損だ」と指摘した。

なんかこういうのを、何も言っていない文章と言います。
<人に迷惑を掛ける化粧やファッション>って誰が決めるのでしょうか。自分がしたいと思ってする化粧やファッションが、例えばチームの協調を乱すとか男に媚をうっているように見えるという批判や非難が起きたらどうするのでしょうか。それは人に迷惑を掛けたと判断するのでしょうか。

日本では未だに和を乱すという言葉で他人の行動を簡単に批判・非難することが行われています。
そういう現状に対する認識が意見の土台にありません。どうでも良い上っ面の言葉で語っています。

新聞社からの電話取材での発言かも知れませんが、こういう言葉は言っても言わなくても良い価値のない言葉です。価値のない言葉は自分をも冒す要因になります。

それなら自分はどうか、それが自分の問題です。

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