修羅と廃人

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を65歳にしてはじめて読んだと書きましたが、その際他の作品も読んでみました。

「春の修羅」という詩の中に<おれはひとりの修羅なのだ>という詩句が何度も出てきます。
ここでいう<修羅>とは仏教用語の阿修羅のことでしょう。

広辞苑:古代インドの神の一族。後にはインドラ神(帝釈天)など天上の神々に戦いを挑む悪神とされる。仏教では天竜八部衆の一として仏法の守護神とされる一方、六道の一として人間以下の存在とされる。絶えず闘争を好み、地下や海底にすむという。

「春の修羅」から抜粋

いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ



まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ
ああかがやきの四月の底を
はぎしり燃えてゆききする
おれはひとりの修羅なのだ

ここで描かれている<修羅>という存在の人物は、「アメニモマケズ」の詩に登場する気候変動におろおろする人物ではありません。
でも、気候の変化に「唾し はぎしりゆききする」人物であることは確かです。
むしろそれに対抗し歯向かっていこうとする姿勢が見えますが、それが自分を孤立化させていくことにも繋がっているのだという認識がここにあります。

この詩を読んだ時に、同時に吉本隆明の初期の詩が思い浮かびました。

「廃人の歌」という題の詩です。以下、抜粋です。

ぼくはごうまんな廃人であるから



ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって ぼくは廃人であるそうだ

ここで書かれている<廃人>という語句が、<おれはひとりの修羅なのだ>と宣言する宮沢賢治とだぶってくるのです。
もちろん、青年期特有の自負や孤独感がないまぜとなっている心理状況とだと言えなくもないのですが、それからの行程を見ればいわば決意表明のようにもとることができます。

吉本隆明は「16歳から21歳くらいまで、凝りに凝った」と表現するほど宮沢賢治を読んでいました。しかし、それから戦後になり、ぱったりと<棄ててしまった>と書いています。
でもと僕は思います。
吉本隆明が「廃人の歌」で歌った自分の姿は、「春の修羅」で<おれはひとりの修羅なのだ>と歌った宮沢賢治とどこかで相通じるものがあったと思うのです。

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