カレーは目に入れるものではなく口に入れるものです

教師間でのイジメ問題は公になり、誰もが加害教師を批判しています。

そりゃそうでしょう。
擁護すべき欠片もないのですから、批判する側はいくらでも批判ができます。

でも、批判をしても空しくなるのは何故でしょうか。

週刊の見出しなどを見ると、加害教師は高校時代から悪かったみたいな題で記事が書かれているようです。或いは、前校長と加害教師とは不倫関係?などと言う憶測の記事もあります。

加害教師の人間的な資質が問題であったという結論を得て納得をしたいのかも知れませんが、そうするとそれまでの教育はなんだったんでしょうか。所詮、教育によって人間は変わることなどできないという結論を導きだしたいのでしょうか。

加害教師が教師の資格などないということで断罪することは簡単です。

でも、その後に残るものはなんでしょうか。

人間の奥底には教育などで変えようもない塊のようなものがあり、言葉で手なずけようとしても無駄なこと。
そんな結論の前に、ただただ佇んでいることしかできないのかも知れません。

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