下半身も洗わず風呂に入り裸で寝る

下半身も洗わずに風呂に入り、裸で寝る。

こんな習慣を書くと、また中国人かと嫌韓・嫌中のネトウヨ族がその気になるかも知れないが、これは日本の風俗の話です。

『宮本常一著作集 30』の中の「都会の中の田舎」に書いています。

「今はそういうこともなくなったであろうと思うが、銭湯などへいって下半身を洗わないで湯にはいるものが多かった。入浴習慣の早くから発達していた西日本にはこういう例はすくなく、入浴の回数のすくない中部、関東にそれが多く見られたようである。」

また、「日本には土地によって裸体で寝るところがある。この習俗はもともとふるくからのものであると思うが、いつのころからか寝間着が用いられるようになった。略。私の知っている範囲では瀬戸内海から四国へかけての一帯と、東北の山形、秋田地方であった。」

風俗習慣はある時期を境に変わってしまえば、それ以後の人たちの記憶にはなかなか残りにくいもののようです。

例えば、中国人が日本に旅行で来てやっている<爆買い>も、1970年代に日本人が農協などの団体旅行でヨーロッパに行った際にブランドもののバッグなどを爆買いしていたことの後追いのようなものです。

経済が豊かになることと、お金を扱う感覚が礼節を持って行えるようになるのかは別物なのです。

例えば、日露戦争の出征兵士を送る場面では、送る家族も送られる当の兵士もお互い泣いていたと新聞記事にあり、その記事は何の違和感もなく国民には受けとめられていました。

ところが、日中戦争の頃になると、出征兵士を泣いて送り出すことも、兵士が泣いて戦地に出向くことも表面上なくなりました。それが表現できなくなったのです。

<日本人>の姿を理想の形で記憶にとどめておきたいという欲求は分からないでもないのですが、そこは謙虚に自分たちの歴史をたどる以外に方法はありません。

明治の時代に日本に来て横浜から北海道まで馬で旅行をしたイザベラ・バードの探検記には、金髪の女性の探検家をひと目見ようと、宿泊先の旅館の前に鈴なりの見物人がいつもいたと書かれています。

マスコミなどでは、行儀が良くて大人しいという<日本人>像を自慢しているが、果たして国際的な交渉に向いているのかといつも不安になります。

どこかの国は威勢がいいけど、どこかの国は猫なで声っていう風に見えるな。

この記事へのコメント

ラベンダ
2019年02月18日 04:07
イザベラバードの話題で思い出したのが、「朝鮮紀行」ですね。
やたらネトウヨ層が朝鮮蔑視のバイブルとして引用することの多い本なので、読むのにためらいはありました。ですがいざ読んでみると、確かにあの当時における朝鮮の後進性(両班による搾取や家畜の屠殺方法、馴れ馴れしすぎる朝鮮人の性格など)の記述(酷評)もありましたが、同時にかつて朝鮮で栄えた仏教の痕跡(金剛山の仏教寺院を始め、石仏の遺跡や朝鮮仏教文化の名残など)については高く評価していたりしてるんですね。(朝鮮仏教文化の記述についてはネトウヨ的な奴等はまず絶対に引用しない)
改めてネトウヨのずる賢さを知りましたね。

ちなみにタイトルの習慣で感じたのは、そんな不潔な人いるの!?でした(笑)

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