奈良県明日香村の橘寺を訪ねて

◎奈良県明日香村の〈橘寺〉を訪ねて
・橘寺と言う名は、垂仁天皇の命により、田道間守が中国から不老不死の果物として持ち帰った橘(みかんの原種)の実を植えた事に由来しています。
・また橘寺は、仏頭山上宮皇院菩提寺とも称し、聖徳太子建立七大寺の一つです。
・田舎道の脇にある橘寺付近には、聖徳太子生誕の地としての石碑が複数見られます。

・聖徳太子という呼称は、後世に付けられた名で、厩戸皇子がその当時の名前です。但し、聖徳太子が実在の人物なのかを疑問視する説もあります。
・何故、厩戸と名付けられたのかというと、
①母である穴穂部間女が宮中の見回りの際に馬小屋の前で産気づき誕生したという説や
②親戚に蘇我馬子がいたという説などいろいろあります。
・ただ、馬小屋説には、キリスト生誕の話からヒントを得たのではという解説もあります。

画像

〈黒駒伝説〉上記の写真の馬の像がそれです。
・聖徳太子が天皇家に献上された数百頭の馬の中から一目で選び出して騎乗すると、黒駒は空を飛び富士山を始めとする日本の霊山を三日三夜にして廻り、疲れる様子もなかったとあります。
・空を飛ぶ馬を駒と呼ぶそうです。

◎瓢箪から駒のお話◎
・飛鳥時代の甲斐の国(今の静岡県)の農家に子馬が生まれましたが母馬のお乳を飲みません。
・ところが農家の庭になっていた瓢(ひさご)の木の葉を食べ大きくなり、しまいにはすべての葉を食べつくした後、一つの瓢箪を銜えて持ち帰り、その瓢箪は推古帝に献上されたと言う話です。
・その馬が上記写真の黒駒です。
【飛鳥京観光協会HPより】

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