人格障害は病名ではない・・・アメリカからは兵器だけでなく診断法も輸入しています

最近、3冊の本を読んだ。
最近の心理学や精神医学に関する知識もそこから学んだので、本を紹介します。
「こころ」はだれが壊すのか・・・滝川一廣、聞き手佐藤幹夫(洋泉社新書)
「こころ」はどこで壊れるか・・・同上
「心の専門家」はいらない・・・小沢牧子(洋泉社新書)

現代はなにか事件がおきると、精神科医が登場しコメントをする場面が多くなった。その際、○○障害なる「診断名」をつけることがあるが、あれは症状の分類法であって、病名ではないと言う事です。
WHOが作ったICDと呼ばれる病気の国際分類(死亡原因の調査に始まる疾病分類)が、精神疾患に関しては大雑把だったので、アメリカの精神医学会がDSM分類をごり押ししたことによって、国際的な基準のようになったのが真実です。
そして、今輸入されたDSMの分類法が、診断法のように誤解され、○○障害なる病名にいつのまにか変身したのです。
DSMは、症状分析なので、例えば<咳が出ていて、熱がある>と言う症状には、○○障害と診断をして、この薬を与えましょうという投薬マニュアルに繋がっていきます。

<こころ>の病が、脳機能とどこまで繋がっているのかは分からないし、薬と脳機能の改善がどこまで対応しているのか、解明されているのか、また製薬会社の言いなりの部分があるんじゃないのかと勘ぐってしまう部分がどうしても出てきます。
特に診断法がアメリカからの輸入と聞いたら、兵器だけでなく<こころ>の問題も言いなりか!なんて変な民族主義が出てきたりもします。

PTSDって、ベトナム帰還兵の社会不適応問題から作られた診断であって、あれはベトナム戦争が不合理な戦争だったという事実から考えないと駄目なような気がする。
敵兵と偶然遭遇したときに、眼の前の敵兵を撃ち殺せる兵士は、1割に満たないという米軍の資料があり、ベトナム戦争へ送り込む時には、この割合を3割にまで上げると言う事で、軍事訓練は兵士を戦争兵器へと改造する様々な方法が取られたのです。
その結果が、戦争から帰還した兵士が普通の社会生活に適応できなくなったということです。
PTSDは、病名ではなく社会的、国家的犯罪です。
軍が、政治がその責任を取らないで、すべて個人の<こころ>の問題にしているのです。
でも、アメリカは効率化社会ですから、治療のマニュアル化もすぐに考え出します。

<こころ>の問題は、お上にもアメリカにも触って欲しくないね。


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